夢の役割は未知の危険に備えるためなんですって
夢の役割は記憶の整理のためだときいたことがある。しかし夢の役割ははっきりとはわかっていないらしい。たしかに記憶の整理をしてあんな支離滅裂な映像をみせられるのには違和感を感じる。
先日、夢についてのニュース記事を読んだ。そこにかかれていたのが「夢の役割は未知の危険に備える説」というものだ。
ぼくは個人的に夢の中で謎の組織に追われることが多いので、しっくりくる説である。追われるなどネガティブな場合が多いのでいろんなパターンの危険に対応している。
ポジティブな夢にも発見がある。学校で友だちと仲良く学校生活に勤しむ夢をみることも多々ある。夢の間は旧友たちに囲まれて満たされているのだが、起きると歳をとっていて、もうあの日々は過ごせないと思うとたまらなく悲しくなる。だから彼らと会う時間をつくろうという気分になる。それは当分あとのことになるだろう。会う頻度が減っていくにつれて友人たちの夢をみる頻度も減っている。幸せな夢をみるためにも彼らに会わなければかならない。
危険は多く降りかかるがだいたいは危険に遭遇してる最中に目を覚ますか、急に場面がかわるかである。だから危険に対する明確な解決策は見出せれていない。あるときはワンピースのニコロビンのように腕を生やすことができた。襲いかかってくる敵を大量の腕で撃退するのはたのしかったが、夢の途中から腕が生えてこなくなって焦った。現実はそもそも腕を生やせないので敵が襲いかかってきた段階でお手上げである。
思い通りの夢がみたいなら夢の出来事を日記に書くとよいそうだ。しかし平日の朝からベットの上でゆっくりと日記をかく時間はない。そしてよっぽどショッキングな夢ではない限り、昼食のときにはその内容をわすれている。
友人たちの過ごす夢や悪魔の実を食べる夢をみたいし、現実に体験したい。そして現実の危険に怯えないぐらい穏やかに暮らしたい。